スパコミ新刊表紙
結局こちらの2番目の話(御沢←光)になりました。
「柔らかな檻」と色違いなだけの同じ表紙にてすみませんorz
同設定という事で。てか…純粋に時間がありませんでしたTT


つーワケで中身も白い…沢村くんが白い恋人になっております。
いや御幸さんも白い…っorz



Blade of the Light(御沢←光/漫画)の後日談です
















18.44
メートル先に御幸がいる。

 

それは沢村にとって嬉しさと誇らしさ。そして、いい意味でも悪い意味でも緊張を孕む時でもあった。

ただ今日は基本的には嬉しさのみだ。明日の公式戦を前の投球練習なのだから。もっとも先発は降谷だが、

沢村ももちろん準備するよう言われている。

御幸相手ならナンバースの精度を高めるべく心ゆくまで練習できるはず、だった。

 

気持ちの良い音をたて、沢村の球が御幸のミットに吸い込まれていく。

「良い球来てるぞ。」

多分、嘘じゃない御幸の評価に球を受け取りながら、沢村も頷く。

多分、嘘じゃない。

肩も軽いし、沢村も調子よく投げられているとは思う。

けれどナンバーズに合わせて球を握りしめながら、沢村の中には昨夜の奥村の言葉が深く突き刺さっていた。

 

“キャプテンが一番、沢村先輩がエースになれると思っていない”

 

ズキリと胸が痛む。

御幸のミットめがけて球を投げながら、昨日の言葉がどうしたって蘇る。

なぜなら沢村自身、その言葉を否定出来ないからだ。御幸の、正捕手の沢村に対する対応と降谷への対応の

違いは沢村が一番実感している。

 

「…っあ」

「っ、おい、集中しろ」

 

本来の軌道を大きくそれた球をそれでも難なく捕らえた御幸が怒鳴る。もっとも言葉ほど怒っているわけでは

なく、集中しきれてない沢村への激のようなものだ。なぜなら原因は分かっている。

昨晩の奥村の言葉だろう。

 

“キャプテンが一番、沢村先輩がエースになれると思っていない”

 

思わず反駁してしまって舌打ちが漏れる。

見た目以上に繊細な沢村の思考に余計な事を吹き込みやがって、と腹立たしく思う反面、御幸の中の事実を突

きつけられた気がして愕然としたのも本当だ。

投手としての沢村の成長を誰よりも喜んでいるのも、楽しみにしているのも自分だという自負が御幸にはある。

その気持ちはクリスに負けないとも。

けれど沢村が監督に最初に認められるまで、そして何よりイップスに落ち込んだ時。

結局沢村の力になったのはクリスだった。

沢村の強さもその脆さも知っていたのに何も出来なかったのは御幸だ。

 

それは沢村をエースの器として見ていなかった事が起因していたのかもしれない。

そんな御幸自身が無意識に目を逸らしていた事柄を奥村によって突き付けられた気がした。

 

御幸の動揺は沢村にも伝わった。

あの後、沢村は御幸を拒んだ。いや、これからも御幸を拒もうと揺らいでいた。

 

そんな沢村の態度は御幸にとって想像以上の衝撃で、それを阻むために自分でも思ってもみなかった強引な方法

に走っていた。あの時、本当に沢村が御幸を拒んで誰かを呼んだなら、御幸は間違いなく退部する羽目になって

いただろう。

 

あの時とっさに御幸は己にとって、いつでも一番だった野球より沢村の決意をねじ伏せる方を選んだのだ。

沢村を逃がさない方、だろうか。

 

そしてやはり沢村は御幸を選んだ。

 

沢村の身体は御幸によって開発され、慣らされていた。御幸としても沢村を傷付けたいと思ったことは

ないのだから、その身体は十分丁寧に可愛がっていたと思う。だから沢村の選択も驚くものでもないと

も思っている。

 

けれど可愛いと思った。

御幸を失いたくなくて結局御幸の言う通りに御幸の手の内に堕ちてくる沢村が例えようもなく御幸を煽っ

た。いつもなら沢村が達けば解放してやれるのに、結局気絶するまで抱いてしまった。

 

ただ沢村の行動は御幸を引き留めたかっただけで、気持ちは納得していないだろう。

 

投球を見ていれば分かる。ナンバーズを磨きたいという思いに偽りはないが沢村の奥底に燻ってしまった

痛みは消えていない。明日の試合を前に沢村を思い悩ませる羽目になった原因は御幸自身だという事に苛

立ちが募る。けれど同時に沢村が知る必要のない思いをわざわざ暴きたてた奥村に鉾違いだろうが怒りが

湧く。

 

いや、奥村の沢村を見る瞳にだろうか。

 

クリスと沢村の結びつきに御幸は遠く及ばない。

けれど、それは尊敬するクリスが相手という事と、御幸にとってはクリスにさえ認められた沢村を逆に誇

らしくさえ思えた。

 

けれど奥村と沢村。沢村を乞い願う奥村の瞳には無性に腹が立つ。クリスのいない今、沢村に一番必要な

のは御幸であるというのに。

もっとも二人の間にはまだまだ結びつきと言えるものなどない。御幸とは比べるまでもなくこんな風に苛

立ついわれは本来ない。

それでも昨日の奥村の言葉が御幸と沢村の間に深く突き刺さったのはまぎれもない事実で、それが御幸の中

に奇妙な焦りと不条理感を抱かせていた。

 

沢村が御幸を選ばないはずなどないのに。

元々御幸を望んだのは沢村なのだから。

なのに

 

沢村に返球しようとした御幸の前が突如陰った。

 

「…っおい」

「「後はボクが」」「「後はオレが」」

 

何の事は無い。御幸の前には降谷。沢村の前には奥村が立ちふさがったのだ。

 

「先輩の球に慣れたいので」

「ボク明日の先発だから」

 

御幸の視界から沢村を遮るように降谷は立ち、御幸の視界から沢村を塞ぐように奥村が立つ。

2人の意図は明確だ。

練習のためなんて艇の良い言い訳で、御幸から沢村を引きはがしたいのだ。

 

「冗談じゃ…」

「御…幸先輩、ありがとうございました。オレ、後は奥村と練習します。」

 

御幸が拒む前に、沢村の言葉が重なる。

沢村、と呼び止めようとする御幸をさりげなく二人が阻む。

その息はぴったりで、こいつら良いバッテリーになるんじゃないかと思わせるほどだ。

睨み付ける御幸をいつもの無表情で受け止めた降谷が口を開く。

 

「…ボクの好敵手だから」

 

降谷がいつも沢村を追っているのはとっくに知っている。沢村の気持ちを聞いて少しは大人しくなるか

というのは甘い考えだった。

降谷の瞳は御幸には沢村を渡したくないし渡す気もないのだと分かりやすく伝えてくる。

そして沢村の前にいる奥村が何を言っているのか分からないが、さっきまで御幸だけに注がれていた沢

村の視線はもう御幸を見ていない。

 

その事が無償に御幸を苛立たせた。

 

しかし沢村が御幸に背を向けた以上、そして明日の試合を考えれば御幸の取れる選択は一つしかない。

 

10球だ」

「…20…」

10球だ」

 

ぴしゃりと言い放ち、ベースへと足を向ける。

怒りを称える御幸の背中を見送りながら、降谷はちらりと沢村達へと視線を流すと、ちょうどこちらを

見た奥村と目が合った。

 

「…」

「…」

 

先ほど交わした奥村との会話が蘇る。

 

「ボク、君も嫌いだけど」

「オレも先輩の球にはまったく興味ありませんが」

 

「「気は合いそう」」「だね」「ですね」

 

無言のまま視線を絡ませる奥村も降谷も、欲しいのは沢村だ。

だけど沢村が見ているのは御幸だった。

その事に納得がいかない。正捕手として御幸は確かに最高だが沢村を独占している事にはまったく気が

治まらないのだ。

 

降谷にとって沢村は初めての仲間で、いつの間にか特別になっていた。

同じ視線を感じたのは必然だろう。降谷が沢村をずっと見ていたように、奥村もまた沢村ばかり見てい

たからすぐに分かった。

 

そして今日、沢村と御幸の投球練習に違和感を感じ、昨日までとは違う奥村の瞳に気付いた、ゆえの先

ほどの会話だった。沢村を見ていることは気に入らないが、御幸に比べればまだマシ、というか望むも

のが同じである以上取れる行動は一致する。

 

口裏を合わす事もなく、二人は同時にマウンドに足を踏み入れた。

 

降谷にとって沢村は「大事な好敵手」でそれ以上だった。

奥村にとって沢村は「エースになれる投手」でそれ以上だった。

 

そのどちらとも思っていない御幸にだけは渡したくない。

 

刹那でお互いの瞳にそれを読み二人は行動する。

例え「今」は沢村が御幸しかみれないとしても、未来はまだ決まっていないのだから。

 

「「諦めない」」

 

期せずして零れた言葉は沢村の耳には届かなかったが互いには伝わった。







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